七田式でやっている「音楽療法」はフランスの代替医学者トマティスをまねしているということだ。最近,この「トマティスメソッド」が自閉症に効くとする主張に対する疑問がヨーロッパでも持ち上がっているらしく,検証した医学論文が出されている。これとか これ。英文の Wikipedia の項目の参考文献から。 結論,現時点で有効であるという十分な証拠はない。自閉症の子供の言葉の発達について,トマティス法による改善は見られなかった。
マイナスイオン宣伝の旗ふり役のひとり,菅原明子のサイトがある。その中の,「あなたの生活を科学と知恵でサポート」というページからリンクされた記事がふるっている。下のような段落もあった。誤字や疑問な語法も多いので下線を入れて引用しよう。文章としてもお粗末なのだ。
たとえば農地に磁場を作ってあげると、作物が甘くなったり、収量が上がったり、果物では甘くなったりということの実験もされはじめています。以前、テレビを見て笑ってしまったのですが、大型のメロンを栽培する時にメロンの果実の茎の部分にピップエレキバンをひとつつけてあげるだけで、タマが大きくなり、そして甘くなる、ということを実際に利用している農家があるのです。これも農芸化学者達からは非難されるものかもしれません。これも植物の師管、導管を出入りする水のクラスターが小さく動きかつスムーズになり、地場ができて、まわりの空気がマイナスイオンになることも原因かもしれません。
農地に対して磁場を作って「あげる」という用法もなかなかだ。よくペットに「〜してあげる」という人がいて,いかがなものかと思うのだけど,この人には農地も可愛いペットみたいに見えるのか。2つの「甘くなったり」もいったいどういう関係なのか不明。何が「スムーズになり」なのかも分からない。できればこのコメントを読んで,自分で添削してほしいものだ。
そんな文章でもって,この非科学的な,かつ科学を愚弄したもののいいようには開いた口が塞がらない。農地に磁場を作るというが,地磁気レベルの強度の磁場を農地の面積いっぱいに作ろうとするなら,ものすごい磁石が必要になる。磁石が作る磁場の強度は磁気二重極(ダイポール)モーメントによるものだから,距離の三乗に反比例して減少する。ようするに磁力線がN極とS極をなるべく短く結ぼうとして(かつ他の磁力線と避け合おうとして)空間に張られるわけで,市販の磁石ではせいぜい数センチの領域にしか実効的な磁場を作れないのだ。地磁気の場合には地球の両端が極になっているわけだから,畑全体を均一に覆うことができるということを忘れてはいけない。
さて, たかがピップエレキバン1つでメロンの味やサイズがちょっとでも改善されるならコストは安いものだ。この話が本当なら,世界中の農家がとっくにやっているだろうし,科学者も効果の検証とメカニズムの解明に精を出しているだろう。私も自分の庭でやってみるにちがいない。農家や科学者を馬鹿にしてはいけない。本当に作物がよくできるなら,まずはその方法を採用するのが実業というものだし,本当に新奇な事実があれば喜んで検証しようとするのが科学者のあたりまえの姿なのだ。
最後の水のクラスターとかマイナスイオンの話は,すでに何度も否定され尽くしたたわごとにすぎない。菅原氏はこの世界で稼いできた人物なので,いまさら引っ込みがつかないということか,科学の名を騙ったでたらめな言説はいろいろな意味で有害だ。
もうひとつの段落,実はこれが本論となる核心部分で,菅原氏が宣伝しようとしている CAS という方式の冷凍機に言及している。
CASによる冷凍では素材を磁場の環境の中において微弱なエネルギーを付加し続けておくと、水分子が振動するために氷の結晶化が抑えられます。つまり、0 度で冷凍せずマイナス10度前後まで水のままで存在するということです。これは水分子が小さくなった時に起こる現象だと考えてよいでしょう。そして、最後は小さな刺激で全体が冷凍しますが、この時クラスターの小さな水分子はクラスターの小さな氷になり、細胞膜を破壊しないほど小さいので解凍したときに細胞膜さえ破壊されなければ、食品は動物性のものでも植物性のものでもドリップは出てきません。
さて,磁場は物質にエネルギーを「付加し続ける」ことはできない。それができたら永久機関になってしまう。磁場で水分子が振動するということはまったくない,というか磁石の磁場は静的なものだからいかなる物体や分子をも持続的に振動させることはできない。この時点でエネルギー保存に反しているからインチキの説明である。そもそもそれが事実なら,磁石でお湯をわかせるはず。
また,氷点よりもずっと低温まで水が凍らないのは,ありふれた過冷却現象であって,微細なゴミを含まない水を振動を与えないようにそっと冷却すれば簡単に実現することだ。それを「これは水分子が小さくなった時に起こる現象だと考えてよいでしょう。」などと,何をしたり顔で書いているのか?何の根拠もないし,どこからそんなでたらめを思いつけるのか想像もつかない。この人は科学などとしきりに言及しながら,自然現象の常識的な説明でさえ何も分かっていないのだ。その後の氷の生成のプロセスについても,ただの思いつきででたらめを書いているだけである。
なお,磁場中での冷凍で,磁場なしの場合に比べて有意な違いが現れるかどうかについては,実際に検証した記事がある。水産タイムスの「磁場凍結に根拠なし」という木村健氏の記事。結果は対照実験に対して,量的データではほとんど差がなく,食味などについての調査でも有意なちがいは現れなかったということになっている。なお,記事で引用された,磁場の効果についての想定されるメカニズムの説明には,氷の微結晶という言葉なら出てくる。これは議論のための用語としては正当なものだ。そこでクラスターなんかを持ち出していれば,その時点でアウト。クラスターの実体に関する議論はおくとして,スケールだけを問題するならば,微結晶はマクロなサイズ(物理的にはμm程度は十分にマクロである)で,クラスターは� ��の1000分の1のミクロなスケールである。ニセ科学の人たちは,それがごちゃごちゃなのだ。
こうしてみると, 菅原氏は磁場の効果を期待する人々に対しても,おせっかいなニセ科学で味方しようとしているわけだ。応援される側は迷惑なことだ(インチキな宣伝でも儲かればいいという業者もいるので,この辺は微妙かもしれないが)。
Wired Vision の「副大統領候補ペイリン氏:「環境より開発」派、創造説教育支持」 と題した記事がある。
ワイアード・ブログ『Threat Lavel』の記事によれば、このほど米国共和党の副大統領候補に選ばれた、現アラスカ州知事のSarah Palin氏は、ホッキョクグマの数が減少しているという調査報告を重視せず、北極野生生物保護区(ANWR)での石油掘削を推進している人物だ。さらに同氏は、学校における科学の授業で創造説が教えられることを望んでいる人物でもある。
ただし,上で示された記事の引用先は,ペイリンがアラスカの環境保護よりも開発優先の立場に立っていることを述べていて,創造説云々はコメントについているだけである。創造説に関する態度については別のサイトにあった。
環境問題に関するペイリンの態度は,アラスカのホッキョクグマの数について彼女がデマを飛ばしているところに象徴されているようだ。
"In fact, the number of polar bears has risen dramatically over the past 30 years," she said. "Our fear (is) that extreme environmentalists will use this tool, the ESA, to eventually curtail or halt the North Slope production of very rich resources that America needs."
But biologists who have studied polar bear populations counter that the facts simply do not support Palin's assertion that polar bear populations are on the rise.
"Polar bear populations have not been increasing for the past 30 years, and that's a well-known fact," said Ian Stirling, an emeritus scientist with Canada's Department of the Environment and an adjunct professor at the University of Alberta in an interview. Stirling has studied polar bears for 37 years -- the longest of anyone.
In fact, the polar bear population has actually declined by 20 percent in Alaska's Southern Beaufort Sea since the mid-1980s, he says, referring to peer-reviewed research that he's conducted with other scientists for the US Geological Survey. The reason: Loss of their habitat in the form of melting ice.
創造説に対する態度については以下のようだ。
In an interview Thursday, Palin said she meant only to say that discussion of alternative views should be allowed to arise in Alaska classrooms:
"I don't think there should be a prohibition against debate if it comes up in class. It doesn't have to be part of the curriculum."
She added that, if elected, she would not push the state Board of Education to add such creation-based alternatives to the state's required curriculum.
創造説を進化理論に対するもう一つの見方として教室に持ち込むべきだというわけだ。まじないで病気を治す民間療法を保健体育の時間に取り上げて議論させろというのと対して違わない。